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横浜地方裁判所 昭和52年(ワ)291号 判決

原告 高井悌次郎 外九名

被告 旭硝子労働組合

主文

1  原告らの主位的、予備的各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告ら

(一)  主位的請求

1 被告が昭和五一年一一月二九日、三〇日に開催した第二四回定期中央大会において、福祉事業資金については、組合員が毎月積立てている生活資金積立金の昭和五二年三月一日以降の利息をも充当する旨の決議およびこれに伴なう別紙第一の規約改正の決議が無効であることを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(二)  予備的請求

1 被告は、原告らが昭和五二年二月二八日まで被告に委託して積立てていた別紙第二記載の生活資金積立金に対する同年三月一日以降発生する利息金をそれぞれ原告らに帰属させなければならない。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告らの主位的および予備的請求はいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者双方の主張

一  原告ら主張の請求原因

1  (当事者)

被告は、訴外旭硝子株式会社の従業員約一万名をもつて組織する労働組合であつて、京浜、研究所本社、船橋、千葉、鹿島、愛知、関西、高砂、北九州等に支部をおく単一組織である。

原告らは訴外会社の従業員であり、かつ被告組合の組合員である。

2  (被告の機関と運営資金について)

被告組合には最高決議機関として中央大会、中間決議機関として中央委員会があり、執行機関として中央執行委員会がある。

また被告組合の運営資金は、昭和五二年二月二八日までは、組合員から徴収する組合費(後述の生活資金積立金を除く。)、特別積立金、共済資金、寄付金、その他の収入をもつてこれにあてることになつていたが、これを詳述すれば、次のとおりである。

すなわち被告組合の一般運営資金については本来の組合費をあてていた。一般運営資金以外の経費の支出および資金の充実をはかるため、被告組合は特別積立金を積立て、これを労働協約団体交渉費、雇用者退職金、犠牲者補償金等に使用し、また場合によつては一般会計および共済資金の運転資金に流用し、もしくは他への融資金にあてることができることとなつていた。

なお被告組合には共済制度があり、共済給付の資金には、共済資金をもつてあてることになつていた。

3  (生活資金積立金について)

また被告組合では闘争時における組合員の生活に備えるため昭和三一年以降生活資金積立金制度を設けているが、昭和五二年二月二八日までの右制度の概要は次のとおりである。

(1) 積立額は右制度設立当初は一人一カ月金一〇〇円であつたが、昭和三五年から金二〇〇円、昭和三九年から金三〇〇円、昭和四九年一二月からは金一〇〇〇円と改訂されている。

(2) またその納入方法としては、各組合員が毎月生活資金積立に要する資金を組合費に含めて納入するが、組合の一般運営資金に充てる本来の組合費とは算定においても区分されており、また支部に納入された本来の組合費が全額本部に納付されるのに対し、生活資金積立金は支部が組合員の個人名義で預金通帳又は預金台帳によつて金融機関に積立てることとなつており、本来の組合費と生活資金積立金ははじめから画然と異なる会計処理がなされていた。

(3) さらにその利息については、年一回利息金が元金にくりいれられ、支部は必ず年一回積立金残高を組合員個人に通知することになつていた。

(4) なお、その払戻しについては、中央委員会(闘争時には中央闘争委員会)の決定によらなければ、払戻すことはできないが、組合員が組合を脱退した場合は全額払戻すことになつていた。

4  (本件決議の内容)

(1) 被告組合は、昭和五一年一一月二九、三〇日の両日に亘つて第二四回定期中央大会を開催し、組織内における福祉制度充実をはかるため福祉事業の設立とこれに伴なう規約等の改正を決議した。

右福祉事業制度は、要するに従前の共済制度を発展的に廃止し、その内容を充実させようというものであつて、右制度および改正規約等は昭和五二年三月一日から実施することとなつていた。

(2) 右大会において、福祉事業資金については、組合員が毎月積立てている生活資金積立金の昭和五二年二月二八日現在の積立額に対する同年三月一日以降発生する利息および同月以降毎月積立てる同積立金に対して発生する利息と従前の共済資金(この大会で福祉資金と改称)をもつて充当すること、これにともない別紙第一のとおり規約規程の一部を改正することが決議された。

(3) 右改正規約によれば、従前組合員個人名義であつた生活資金積立金の預金名義は変更され、組合員個人の元金にくりいれられていた積立金の預金利息は昭和五二年三月一日以降発生するものについては組合の運営資金に充てられることとなり、終局的に組合員個人に払戻されることはなくなつた。

5  (本件決議の無効)

(1) 本件の生活資金積立金は、本来の組合費と区別され、闘争時における組合員の生活に備える目的で、個人名義に積立てられ、払戻しは右積立金の目的から中央闘争委員会又は中央委員会の決定によらなければならないが、脱退により組合員資格を失えば全額組合員に払戻されることとなつていたのであり、したがつて生活資金積立金は組合員個人に帰属するものであるからその利息金も又組合員個人に帰属するものである。

(2) してみると、本件生活資金積立金については、たとえ、被告組合の中央大会の決議をもつてしても組合員個人に帰属する預金を勝手にその預金名義を変更したり、その利息金を処分することはできず、本来的に組合員個々の同意を得るべき事柄であつて、大会の決議の対象となし得ないところであるから、右のような内容の本件決議は無効というべきである。

なお改正された規約等のうちには無効とならない部分の存在することも考えられるが、本件規約等の改正が一括提案されたものであること、改正の内容が生活資金積立金の利息金を福祉事業資金に充当するという明らかな無効部分を主要な柱として行われていることから規約改正決議が一括無効になるものと解すべきである。

(3) さらに、次のような観点からも本件決議は無効というべきである。

すなわち、被告組合の組合員は、それぞれ均等な取扱いを受け、平等な権利を有すべきものであるのに、本件決議では勤続年数が長く生活資金積立額の多い者ほど多額の福祉事業資金を負担し、勤続年数が短く同積立額の少ない者ほど少額の負担をすることとなり、その間に何らの合理性も認められないから、かかる内容の決議は公序良俗に反し無効である。

6  (無効確認の利益について)

確認訴訟は原則として、現在の権利又は法律関係の存否を確認の対象とするものである。しかし現在の権利又は法律関係の個別的な確定が必ずしも紛争の抜本的解決をもたらさず、かえつて、それらの権利又は法律関係の基礎にある過去の基本的な法律関係を確定することが、現に存する紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要と認められる場合には確認の利益が認められる。ところで株式会社における株主総会、労働組合における大会、社団法人における総会等は、その決議の内容によつては株主、組合員あるいは社員らに権利義務の変更をもたらし、その決議を前提にして次々に新しい権利義務が生ずることが考えられる。したがつてかかる団体の機関の決議は、その団体と構成員の権利又は法律関係にあたり確認訴訟の対象となりうるものであり、かつ基本たる機関決議の効力の確認をすることによつて、これを前提として多発することが予想される紛争を一挙に解決することができるので確認の利益が認められるべきである。

したがつて本件決議についても、無効確認の利益があるものというべきである。

7  (予備的請求における付加事実)

原告らが昭和五二年二月二八日現在積立てている生活資金積立金は別紙第二記載のとおりである。

よつて、原告らは、被告に対し、主位的には本件決議の無効確認を求め、それが認められないときには予備的に予備的請求の趣旨記載のとおりの判決を求めるものである。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

なお、下部議決機関として支部大会および支部委員会が存在する。

2  請求原因2の事実も認める。

3  請求原因3の(1)ないし(4)の事実については、同(2)の生活資金は支部が組合員の個人名義で預金通帳又は預金台帳によつて金融機関に積立てることとなつているとの点を除き、認める。

なお、生活資金積立金の徴収方法およびその預金手続は次のようになされている。

すなわち、生活資金積立金は組合費としてチエツクオフされているものであり、各工場毎にチエツクオフされた組合費を組合支部が受けとり、これから生活資金積立金を控除し、各組合支部長がこの控除された生活資金積立金をまとめ一括して近くの労働金庫に支部長もしくは支部名義で預金し積立て、かつこれを積立預金個人別明細表により組合支部が管理しているものである。

4  請求原因4の(1)ないし(3)の事実は認める。

5  請求原因5の(1)ないし(3)はいずれも争う。

6  請求原因6についても争う。

7  請求原因7の事実のうち、原告らが昭和五二年二月二八日の時点で積立てていた生活資金積立金が別紙第二記載のとおりであることは認めるが、その余は争う。

三  被告の主張

1  生活資金積立制度設立の経緯およびその性格

昭和三一年四月の被告組合の結成第一回定期大会において生活資金の積立制度設立が決議され、ここに被告組合の生活資金積立の制度が正式に発足することになつた。右積立金制度は組合員多数の協力により組合闘争時における組合員の生活を相互に支え合うこと、すなわち、闘争時における組合員の生活を確保し且つそれによる組合の結束力の強化を目的として設立されたものである。右積立金制度は被告労働組合の旧規約第七四、七五条に定められることになつたが、その積立の方法等の細目は右旧規約第七五条により各支部の生活資金積立規程に委ねられることになつた。ところで、このように、積立方法等の細目まで被告組合で一律に定めることを避け、特に右のような規定の構成にした理由は、被告組合が昭和三一年の右組合大会によつて初めて単一組合として成立したこと、それ以前は連合会組織として各支部が独立性をもつて活動してきたことから急激な変化を避ける意味から過渡的な措置として細部の定めを各支部の規定に委ねることにしたことによる。

したがつて、後日単一組織化が各支部末端まで浸透した段階で各支部によつてまちまちとなつているこれらの過渡的、暫定的な規定を廃止し、被告組合による統一された制度としてその規定が整備されることは当時から当然に予定されていたものであつた。

そこで、各支部は、過渡的措置ながらも被告組合規約第七五条に基づき、その支部毎に生活資金積立規程を作り、それにより積立方法、積立場所、払出し、管理等について定めつつこの制度の実施を始めた。しかし被告組合各支部のうち、「積立金の所有権」なる項目を入れ、「その元金および利息についてこれを積立てた支部員個人の所有とする」等と明文をもつて定めていたのは、被告組合の一三支部のうち尼崎支部、千葉支部等第四支部にすぎず、しかも、これは支部段階の規定にすぎず、これが後の組合規約の改正を制約するものではなかつた。

ところで、昭和四八年八月、単一組織としての運営をより充実するために組織機構全般の改正を提案した被告組合第一六回臨時大会が開かれ、そこでの決議により組合規約が大幅に改正された。そして生活資金積立の方法等の細部についても、従来の「各支部毎の生活資金積立規程」による方法から、被告組合が直接定める規約施行細則に一本化されることになり、単一労働組合にふさわしい形に整備され、それと同時に各支部の運営方法も大幅に改められ、被告組合が直接定める支部運営規程によることになり、これにより従来の各支部毎に定められていた支部規約、諸規程はすべて廃止されることになつた。

したがつて、改正前の旧規約又はこれらの支部規約に根拠を置いて各支部毎に制定されていた生活資金積立規程等も、右臨時大会後その効力を喪失することになつたのである。その結果、右臨時大会後においては、生活資金積立金は改正後規約第七二条、七三条および施行細則第一二条、一四条によつて徴収管理されることになつた。

以上の経緯からも明らかな如く、生活資金積立金制度は被告組合の連合体から単一組織への組織変更と同時に発足したもので、従来の各支部の事情を配慮する意味から積立金制度の運営方法について、あえて組合規約自身で細部まで定めず、規約による授権によつて各支部の積立規程によりこれを定めることを委ねたのであつた。その結果上記尼崎、千葉支部の如き支部規約、規程が三、四出来たが、しかしこれはあくまで被告組合の規約の授権によるものであつたのであり、そもそも右規約そのものが改正されて支部規程への授権が廃止されることにより、その存在の根拠を失なつたものである。

なお本件決議の内容たる生活資金積立金の利息を福祉資金として徴収する件については、昭和五一年一一月の第二四回定期大会において突然決議されたのではなく、昭和四九年一一月の第二二回定期大会以来被告組合は右方針を組合大会および被告労働組合機関紙を通じて全組合員に周知徹底せしめ、且つ右新しい方式に対する全組合員の合意のとりつけのために十分なる情宣活動を行ない、右大会の直前には約三カ月の間に職場集会並びに支部の機関審議を二回も経由し、その各職場集会、支部大会の賛成を得たうえ中央大会で決議されたのである。したがつて生活資金積立金の利息の組合徴収については、各組合員に対し十分にその趣旨を徹底し、且つ各組合員の意見を十分に反映し、極めて民主的な手続により組合員の総意に基づいて決定されたものといいうる。

2  生活資金積立金に対する組合の統制の及ぶ範囲について

そもそも生活資金積立金の制度は、組合の管理下に組合員が協力して闘争時の組合員の生活に備え、且つそれにより組合の結束の強化を図かる目的の下に組合の制度として設けられたものであつて、その制度の趣旨からしても組合の統制を受けることは当初より予定されていたものである。さればこそ、その積立金の払戻しも組合機関(中央闘争委員会、中央委員会)の決定によるとされ、また毎月の積立金額も当初金一〇〇円であつたものが、金二〇〇円、三〇〇円、一〇〇〇円と順次改正されてきたが、これらの改正も各組合員の個々の同意なしに組合の決議のみによつて改正されてきたのである。

このように生活資金積立金は、単なる組合員の純然たる個人的な預金とはその性格を異にし、組合の強力な統制の下におかれてきたわけであつて、この点は組合活動の一つとして設立された右生活資金積立金制度そのものの性格から当然に導かれる帰結であり当初から各組合員も了承済みのものであつた。

ところで、本件で問題となつているのは、第二四回の組合大会決議により生活資金積立金の利息を組合費たる福祉資金の支払のために組合が徴収することにした点である。しかしこれは右組合の統制下にある右生活資金積立金の性格からしても、組合の統制権の範囲内のものとして当然許されるべきものというべきである。もとより組合の統制といえども無制限に及ぶものではないが、ことは組合大会の決議に基づく福祉資金の徴収方法にすぎないのであつて、これが組合の統制権の範囲内のものであることは明らかである。

すなわち、まず被告組合の福祉活動そのものが「経常的に必要を予測される組合の活動」であり「その資金にあてる目的のもとに定期的に一定の割合で徴収される」福祉資金は通常の組合費に属するものである。

したがつて福祉資金の増額を組合大会において適法に決議した以上各組合員は組合費の増額の決議としてこの決定に拘束され、その納入につき具体的債務を負担することになる。そして、右のようにして各組合員が具体的に納付義務を負うことになつた福祉資金(組合費)につき、これを各組合員の「財布」から新に出捐させることを避け、その代りに既に積立てられている生活資金積立金から生ずる利息を徴収しこれに充当することにしたのが本件組合大会決議である。これは、組合員から新に組合費を支出させることが各組合員にとつて新たな経済的負担であることを考慮し、既に積立てられた生活資金積立金の利息から徴収しこれに充当することが組合員にとつても有利であるとの判断に基づくものであつた。このような趣旨による本件組合大会決議が、その「内容」、「程度」、「態様」の各点からしても組合の統制権の範囲内の有効なものであることは明らかである。

なお原告らは、右組合大会決議が組合費支払において、生活資金積立金の利息から充当することにしている点をとらえ「財源の指定」であるとし、これを「多数決原理になじまない個人財産の処分を決議したに等しい」と非難しているが、組合費徴収の財源を指定している点は、毎月の給与からチエツクオフされる組合費さらに期末手当時に徴収される特別積立金、福祉資金(特別徴収金分)の場合も同様であつて財源の指定自体には何ら問題は存在しない。

3  また、原告らは、生活資金積立金の額の多い者程、福祉費を多く負担することになり、不公平であり公序良俗に反すると言うが、生活資金積立金が多い者は、それだけ勤続が長く、給与も比較的多額である筈であり、したがつて資力に応じて負担する結果になつているのであつて、決して公序良俗に反する如きものではない。組合員間の互助を目的とする福祉(共済)制度においては、むしろ「収入の少ない者、弱者」と「収入の比較的多額の者」とを一律に扱わないことの方が、相互扶助の制度にふさわしいといえる。しかも徴収される利息分の格差も、最も多額の者と平均額の者とせいぜい四〇七円程度の差であつて公序良俗違反が問題となるとは到底考えられない。

四  原告らの反論

生活資金積立金は、中央闘争委員会又は中央委員会の決定によらなければ払戻すことができないが、一旦払戻しの機関決定がなされ、あるいは組合員が脱退した場合は、組合員が自分で今迄積立てた積立額(利息金を含む)全額の払戻金を取得し、自分の積立金を他の組合員にプールするということはありえず、したがつてその性格は「組合員が、組合員たる資格を保有する間、……積立規程に掲げる目的を達成するために所定の方法により運用することを組合に委託した組合員個人の積立預託金としての性格を有する」ものというべきである。そして、本件においては、生活資金積立金の利息金は、組合員が積立てた分に対する利息金が、組合員名義の積立額に加算され、一年に一度元金に加えられていた。

したがつて原告らを含む組合員全員は、改正規約実施以前に醵出した生活資金積立金については、利息金が個人名義の積立金に加算され、一年に一度元金に繰入れられることが組合と約定されているものとして疑いをいれる余地がない。換言すれば組合員は、個々人の同意なくして、将来利息金が積立金に加算されなくなるということは予想もしていなかつたのである。

生活資金積立金が、右のように、闘争時における組合員の生活に備える目的で、その目的達成の為に所定の方法により運用することを組合に委託した組合員個人の積立預託金としての性格を有し、且つ従前はその利息金が個人の積立額に加算され、一年に一度元金に繰入れられる約定となつていたのであるから、生活資金積立金は被告組合の資産である他の預金、積立金とは性格を異にし、払戻しに制約はあるが、組合員個人の預金と同視しうるものである。したがつて組合員個々の同意もなく、しかも闘争時の組合員の生活に備えるという生活資金積立金の目的からはずれた慶弔時の見舞金支給を主たる内容とする福祉事業の資金にあてるため、個人名の生活資金積立金の預金名義を変更し、利息金を個人の積立額に加算されないよう規約改正手続をとつたからといつて、かかる規約改正は多数決原理になじまない個人財産の処分を決議したにひとしく、組合の私的自治の範囲を逸脱しており、無効というほかはない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因1、2、同4の(1)ないし(3)並びに同3の(1)ないし(3)のうち生活資金積立金の預金名義の点を除く事実についてはいずれも当事者間に争いがない。

二  まず、本件の生活資金積立金制度の実体について検討するに、前記のとおり請求原因3の(1)ないし(3)の事実のうち当事者間に争いのない事実に成立に争いのない甲第一号証の一、二、同第二号証の一ないし四、同第三ないし第五号証、乙第一ないし第三号証、同第四号証の二、同第二一ないし第二六号証、証人佐藤美知男の証言、同証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証の一、同第七号証および弁論の全趣旨を併わせると、次の事実が認められ、これを動かし得る証拠は見あたらない。

1  (生活資金積立金に関する組合規約について)

被告組合は、昭和三一年に従来の連合会組織を解散して、単一組織として結成されたが、それとともに闘争時における賃金カツトの補てん等組合員の生活を確保し、これにより一層組合の団結強化を図かる趣旨にて生活資金積立金制度が発足し、結成の際の組合規約(以下「旧規約」という。)には、その第七四条(積立の目的及び額)に「闘争時における組合員の生活を確保するため、毎月の組合費より個人名義による生活資金を積立てる。その額は別に定める。」と、また第七五条(積立の方法)に「各支部毎に生活資金積立規程を定め、積立金は支部が保管する。」旨規定された。

そして、右第七五条に従い各支部毎に積立方法、払戻し等を定めた生活資金積立規程が作成され、それにより右制度が実施されてきたところ、その後昭和四八年八月の第一六回臨時大会において大幅な規約改正がなされ(以下右改正後を「前規約」という。)、右積立金に関しても旧規約第七四条、七五条が第七二条(生活資金積立金)として「組合は、闘争時における組合員の生活に備えるため、毎月の組合費より個人名義による生活資金を積立てる。積立の額および方法については、規約施行規則に定める。」旨改正され、従前積立方法等については各支部の積立規程に委ねていたのを統一化して中央委員会の付議事項である規約施行規則に定めることとし、また従来は組合規約上明定されずに各支部の積立規程に定められていた払戻しの条項を新たに設け、第七三条(生活資金積立金の払戻し)として「生活資金積立金は中央闘争委員会または中央委員会の決定によらなければ払戻すことができない。ただし組合を脱退した場合は全額を払戻すものとする。」旨規定された。

2  (積立金額と払戻しについて)

生活資金の積立額については、旧規約では第七四条で「……別に定める。」旨規定され、前規約第七二条では「……規約施行規則で定める。」と規定されているが、旧規約時代においても実際は規約施行規則に定められており、その額は昭和三一年当時金一〇〇円、昭和三五年から金二〇〇円、昭和三九年から金三〇〇円、昭和四九年一二月から金一〇〇〇円に増額されてきている。このように積立額は規約施行規則で増額されてきているところ、右施行規則の改廃は中央委員会の専決事項と組合規約上明定されているので、結局中央委員会の決定により増額されてきたことになる。

また払戻しについては旧規約上では明定されていなかつたが、被告組合の闘争規則第一八条(生活資金の払出)には「組合規約第七四条に定める生活資金の闘争時における払出方法(時期および額)はその都度中央闘争委員会の議を経て決定する。」旨規定されており、さらに各支部の積立規程中に前規約第七三条と同旨の、すなわち組合員が脱退などにより組合員たる地位を失なつた時は全額払戻すが、それ以外には中央闘争委員会又は中央委員会の決定によらなければ、払戻しができず、組合員個々の任意に基づかない旨の条項があり、このようにして旧規約時代から積立金の払戻しについては前規約第七三条と同旨で運用されてきた。

3  (積立方法と利息の処理について)

生活資金積立金は、組合費とともに事前に組合員賃金からチエツクオフされ、そしてこれらを受領した組合支部においては右積立金を組合費から分離して、積立預金個人別明細表を作成し、同表とともに右積立金を一括して近くの労働金庫に支部長もしくは支部名義で預金し積立てる手続がとられていた。

なお利息については、労働金庫は右個人別明細表に基づき組合員個々の元金に繰入れ、定期的に組合員個々にその積立金残高を支部を介してそれぞれ書面で通知、連絡していた。

4  (生活資金積立金と組合費との関係)

生活資金積立金は前述3のように労働金庫に預金されていたもので、被告組合の運営資金に供されたことはなく、右運営資金には組合員から別個に徴収される組合費や特別積立金でもつて充てられていた。すなわち被告組合においては一般運営資金については本来の組合費をあてて、右以外の労働協約団体交渉費、犠牲者補償金、さらには場合によつては共済資金の運転資金等にはその趣旨で積立てられた特別積立金でもつて賄われていた。

以上1ないし4の事実が認められる。

ところで右事実関係によれば、本件の生活資金積立金は、組合員個々の積立額を記入した積立預金個人別明細表により、一括して支部もしくは支部長名義で預金され、組合費とは異なり組合運営費用としては使用されず、組合員が脱退等により組合員たる地位を失なつたときは積立金全額が払戻されることなどからすれば、組合員個々の積立預金と見られるが、他面その払戻しについては、組合員個々の任意の払戻しはできず、中央闘争委員会又は中央委員会の決定によらねばならないこと、積立の金額は中央委員会の決定権限内にある規約施行規則で定められてきていること、積立金の徴収については組合費などと同様に組合員の賃金からチエツクオフされ、その現実の預金手続は支部もしくは支部長名義で預金され、預託先である労働金庫に対する手続一切も組合支部でなしていることなどの事実に照らすと、本件生活資金積立金は組合員個々の純然たる積立預金とは解し得ず、結局組合員が前規約第七二条所定の積立目的を達するために所定の方法により運用、保管することを被告組合に委託した組合員個人の積立預託金としての性格を有するものというべきである。

三  そこで、前記二の事実および判断に基づき、本件生活資金積立金について昭和五二年三月一日以降の利息分については、従来の組合員個々の積立金元金に繰入れることをやめ、被告組合の福祉事業費に充当することを中核とする本件規約改正の当否について検討する。

1  原告らは、まず本件生活資金積立金は組合員個々の個人預金であるから、その利息の処分については本来的に組合員個々の同意を得るべき事柄であつて、多数決原理に基づく組合大会の決議の対象たり得ない旨主張するので、この点について考究するに、たしかに右積立金の性格が組合員個々の純粋な個人預金であるならば右主張も直ちに肯認しうるところであるが、しかし本件積立金制度は、被告組合において直接的には闘争時における組合員の生活の確保を、そして更には組合の団結の強化を図かる趣旨のもとに、組合規約でその内容を明定して発足し、前述のように個人預金としての根幹たるべき払戻しの自由を組合員たる地位を保持している間は否定し、これを積立金額の増減とともに組合の機関の決定にかからしめ、その管理、運用が被告組合に委ねられているのであるから、これについて純然な個人預金理論から帰結される論理を短絡的に導入することは当を得ないものというべく、したがつて一見個人預金性に抵触する制約であつても、それが将来に向つてのもので、右制度の根源的目的である組合の団結強化の趣旨に沿い、且つ個人預金としての本質を全く没却せしめないものについては組合の最高決議機関たる組合大会の決議を得た組合規約改正という手続を履践することにより、制約を課することも許容されるものと解するのが相当である。

よつて、進んで、本件規約改正が、右に容認される範囲内のものであるか否かについて検討するに、右改正は積立金元金については従来どおり組合員個々に終局的には還元され、ただ利息を、それも昭和五二年三月一日以降という将来の分についてのみこれを被告組合の福祉事業費に充当することにしたもので、しかも右福祉事業も組合の団結強化を図かる趣旨に基づくもので、これに要する費用は所詮は組合員全員が負担すべきものであるから、右規約改正も一面組合費等についてチエツクオフするのと同様に実質的には組合員から徴収すべき金員の財源を指定している関係にすぎないことなどを考え併せると、本件規約改正は上記容認され得る範囲内にあるものと解するのが相当である。

してみると、この点の原告らの主張は採用できない。

2  次に、原告らは、本件規約改正によれば、結果的には生活資金積立額の多い者ほど多額の福祉事業資金を負担することになり不公平であるから公序良俗に反する旨主張しているが、たしかに短期的視点に立てば原告ら指摘のような差異が生じるが、長期的観点に立脚すれば組合員間に不合理ともいうべき差異が存在するものとは認め難く、これに通常組合費などについては組合員全員について機会的平等額ではなく各個の賃金に比例させているのが多いであろうし、現に被告組合においても前記乙第二号証から明らかなように組合費算出については組合員の基本給を基準としていることなどからすれば、右のような短期的差異をもつて公序良俗に反するものとは到底解し難くこの点の原告らの主張もまた採用の限りではない。

四  以上によれば、原告らにおいて主張する本件規約改正の無効事由はいずれも肯認し難いので、原告らの主位的請求である決議無効確認請求は理由がなく、またその予備的請求も、右規約改正の無効を前提とするものであるからその余の点を判断するまでもなく失当であるので、両請求とも棄却することとし、訴訟費用については民訴法第九三条本文、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 本田恭一)

(別紙省略)

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